夕方、目的地の広島に着く。
コンビニでビイルと新聞と若干の食べもんを買って、「道の駅」へ。
新聞は地元紙なのだが、情報量や内容は中央の大新聞と殆ど変わらない。
この中国新聞、時によってはその内容において、中央紙を凌駕することも
あると聞く。
政界のニュースは、いつ読んでも原辰典。なので、今日はすぐにユーチューブ。
セザール・フランクの「天使のおまんま」やレスピーギの「シチリアーノ」を
聴く。子守唄も少し。(一節太郎の「浪曲子守唄」)
・・・
死ぬことは怖くはないけど、こういう音楽、死んじゃったらもう二度と
聴けないのだなあ、と思うとそれが実に心残り。
フム・・・
「戦場のピアニスト」のショパンの例のノクターン も聴く。
人生が、時代に翻弄されるってふんとに残酷なものだ・・・・
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今日は、一日関西地方を走った。鈴鹿山脈から瀬戸内の明るい海辺、
そして中国山地の山ん中まで。
一般に、僻地つーと、東北や北海道の山間部を連想する人たちが
多いようであるが、四国や中国地方の山ん中も、海からの距離
はさほどなくとも、ここに住んでる人たちは生涯海や都会を見る
ことがないだろうなあ、と思われるような土地は多い。
こんなとこにも、と思うような所まで人間の営みがあるのかと、
いつもの事ながら、あらためて思うだわね・・・
(都会に住んでると、こーゆーことはわからんようになる。)
世羅町は、高校駅伝の世羅高校のあるとこだが、山また山の地形。
平べったい道を捜すのが難しいくらい。
こんな道を毎日走っておれば、強くもなるわさ。(^.^)
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そうなんだよなぁ・・・、どこに生まれようと
生まれちまった以上、生きるより他、しょうがないもんなあ・・・
論語に曰く、「五十になって生き方(天命)を知る」 ?
クソッタレ !