何とか生きておりまする・・・ (^^ゞ
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ネットの使い方指南 中高生に



今、ブログを書きながら、TVも点けっぱなしにしているのだが、そっちの方では
(主にネットが原因の)イジメの特集番組。

ったく、もう。

これから、見沼田んぼのみみずのジジイがネットの使い方をようく教えるから、
耳をかっぽじって聞きやれ!

 ↑ の音楽聴こえてるじゃろ?

彼女のコンサートなんて行ったこともなければ、もとより逢ったこともない。
それでも、こうして身近に彼女の歌声に接することができる。

これが、ネットの値打ちなんよ。

およそ、時間的(歴史的)にも、空間的(地球的規模!)でも接することが
不可能な人や事件に、仮想的にではあるにせよ目の前でその音や表情・現象
を体感できることがいわゆるインター・ネットの最大の魅力なのだよ。

よって、普段日常的に、顔を見る学校の友達なんぞとネットでつながろうと
すること自体が基本的・根本的な間違い。

それでは、ネット使う意味が全くない、と言ってエエ。

SNSとかメールでは、自分の気持ちにたいして相手がどう反応するかの
「忖度」ばっかりだろ?

怒るかな?うけるかな?喜ぶかな?やばいかな?・・・・・・・

・・・・・・・・・・

昔、私の美少年時代には「文通」つーのが大いに流行ったものだが、
なるべく遠くの(場合によっては海外の)方がエエと、文通相手のその地の
暮らしを想像するのがとても楽しみだったものだ。

ネットでの交流も、まさしくそうあるべきなので、そうでなければ地球規模、
宇宙規模で飛び交っている電波や電磁波を利用している意味があるまい。


最近は、ネットいじめで自殺、なんつー事件が頻発しているようだが、予防法
はただ一つ、ネット本来のいわゆる「仮想空間に遊ぶ」つー原点にもどることなのだ。

アンネ・フランクの日記のように、何つったっけな?「何とかさん」に日々の
暮らしや思いを打ち明けて、つらいことも楽しいことも共有する。これがほんと。

ネットで空想仮想の世界に遊ぶ。あるいは日常から離れて、普段の暮らし
とは別世界に暮らす人々と交流する。それがネットならではの長所。

そうすれば、君たち十代のばか者、しつれ、若者もみんな「赤毛のアン」に
なれるのだ。


※ 追記:JA7PCHのこと

参考になるかどうか・・。ネットとは違うのだが、私は二十年ほど前に、
アマチュア無線をやっていたことがある。

家に設置するいわゆる固定局と、移動=モービル局と二つ開局していた。

ある時、(当時私は、タンクローリーのネジマワシをしていたのだが、)
点けっぱなしにしていた無線機のある周波数から、「すれ違って、挨拶を
してるのにあいつ(私のこと)、無視してやがる。」と悪口が聞こえてきた。

当時の私は、それなりに好奇心・向上心があってネジマワシをしながら、
いろんな資格のテープを聞いたりラジオを聞いたりしていて、必ずしも
無線一辺倒つーわけでもなかった。対向車の無線のアンテナばかり注視
しているはずもない。

が、この時の偶然のアマチュア無線の仲間からの電波による声を聞いて、
なぜか厭になっちまって、FMの電波を使うモービル無線のアンテナを
外して、短波の周波数(7メガヘルツと3.5メガヘルツ)を使う日本全国
の無線家相手のアンテナを取り付けた。(近在の電波は聞こえない。)

と、非常に気持ちが軽くなったことがあった。
そして、モールス符号を覚え、無線の資格も一級を取って、和文のモールス
通信を楽しむようになったのだった。

和文のモールス通信は、欧文モールス通信のようにGood Morningを
GMと打つ簡略化は特に無いので、非常に冗漫になってくる欠点はある。

が、非英語圏の日本人の欧文モールス交信はあいさつだけの無味乾燥な
ものに否応なくなってしまう。れに比べると和文のモールス交信は、ごく
普通の会話であるから面白いし、終わるとなんつーのかとっても満足感に
満たされる。(無論、欧文通信の練達者は尊敬しているが。)

私が和文でよく交信したお相手は鎌倉の小池さんと塩釜市の平松さんで、
いずれも女性だった。とりわけ平松さん(JA7PCH)には、何かにつけ和文電信の
心構えを教わったものだった。
私が長距離での仕事中のモービル交信で、私の私的な問題についてさんざん
説教を食らったことも。

一度などは、亀山市だったか名古屋市だったか、国道1号線を東京方面に
走りながら7メガヘルツで平松さんと和文モールスで交信し、終わったのは
沼津辺りで、都合3時間以上も周波数を独占したこともあった。
 離婚したばかりの私への説教がほとんどで、私はまだ慣れない和文電信符号
の解読とトラックの運転とで、私は必死であった。

あんなに長い時間のモールス交信は後にも先にも一度きり。たぶん、平松さ
んもそうだったかもと、今でもふんとうに懐かしくそして親身になって心配し
てくれた平松さんを有難く思い出す・・・。

彼女は、元オナゴ先生とやらで中年になって失明された方であったが、欧文、
和文のモールスの熟練者で、たまにモールスではない音声の方の周波数で生の
声を聴くこともあった。品のエエ、知的なお人であった。

私は二度ばかり、カセット・テープでの手紙代わりのやりとりもやったり。
その平松さんの訃報を無線機関誌で見つけた時、心から私は泣いた。

ネジマワシの仕事では、塩釜の近くの多賀城や仙台にはよく行ったのだが、
時間の関係で結局平松さんを訪ねることはかなわなかった。

一度もお逢いしたことはないく電波上のみの友達であった。
それでも、私にとってはかけがえのないお人で、肉親以外で唯一、
お墓参りに行きたいと唯一思った方である。

・・・・・・・

インター・ネットの世界でも、そういう友達を得ることは可能じゃないの
かなと思うのだ・・・。


  







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by mana1563 | 2017-08-25 20:52 | Comments(0)

熱中症?でダウン (^^;)



夜勤のバイトと朝の草むしりの後、9時頃、ビイルをたしなんでからひと眠り。

昼前、目が覚めると全身びっしょりの汗。何じゃこりゃあ、と冷蔵庫の
リンゴジュースと抹茶アイス。足りずに、どんぶりに氷を入れて2杯。

エアコンは22度のパワフル・モードに。洗濯したり掃除をしてから、再び、
ビイルを飲んでうつらうつら。

無論、パンツ一枚。 

見ないで !!

ーーーーーーーーーーーーーー

夕方からのバイトに備えて3時半に起きるも、どーも具合が・・。
結局、会社では立ってるのもやっとで、一時間で早退。

鼻水も出て、風邪? いや、やっぱし午前中の不摂生の反動?
ヴィタミンの錠剤では、不養生や不摂生はカヴァーできぬわい。

ーーーーーーー

今、家に帰ってこうしてパソコンの前。助かったあ。
そして、反省。

※ 文字の大きさが一定しない。一度文字の大きさをいじると、元の大きさにならない。なんで?




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by mana1563 | 2017-08-25 20:11 | Comments(0)

天気が人間の気分を左右することについて Ⅱ

今年の関東の夏は、7月は猛暑で先が思いやられたのだが、8月に入って一転、
連日ぐずついた日ばかりが続く。

夏らしい青空がほとんど見えず、蒸し暑さとセミの声が夏の盛りであることを
我々に顕すのみ。

いつの間にか、水不足懸念の報道は、日照時間不足の報道に取って代わっている。

光合成の不足で日曜菜園で作ったキュウリは、7月の収穫時よりも確かに美味く
ない。東北地方の農産物は今年は冷害の被害を受けるやも知れぬ。

熱帯夜の少ない分、体には楽なのだが、青空の拝めないこの夏のなんとも名状し
難い鬱陶しさには気が滅入ってまう。


職場で一緒に働いていたナイジェリア人にあっちの気候をいろいろ尋ねたが、
(無論大きな国であるから、南部と北部とでは当然ながら風土は違う。)
夏でも、日なたは暑いが、一歩日陰に入れば日本よりもはるかに涼しいとか。
日本の夏の蒸し暑さはたまらない、とも。

哲学者の和辻哲郎は、気候や景観等の自然を「風土」と形容し、それをもって
地球上の文明を幾つかの類型に分類したが、確かに、水の豊富なモンスーン気候
の「風土」に暮らす日本人のような民族と、気温の日較差が50度を超え、
水が少なく乾燥している苛烈な風土に暮らす民族との、いわゆる人間性や性格が
異なり、その構築した文明が独自の性格を持つだろうことは容易に推測できる。

ただ、アラビア半島や北アフリカの乾燥した風土に暮らす人々と、モンゴルの
風土に暮らす人々は、同じような民族性を持つかつーと必ずしもそうは言えぬ。

また大陸の一部に属しながらも、比較的雨も降って米どころである韓国と日本の
民族性は月とスッポンほどかけ離れており、むしろ風土の異なるモンゴル族の
方が日本人との相似性が認められるのも事実で、風土の類型によって文明や民
族性を分類するのは簡単ではない。

米食文明の日本人の方が、肉食文明の西洋人よりもその性格が穏やかで優しい
なんつー我々日本人自身の一般的な認識も、あの731石井部隊の行為を知って
見れば、その自己認識はすこぶる怪しくなってくる・・・。

「日本人の優しさ」なんつーものはたかだか戦後の70年間のみのことで、
鎌倉時代の終わりには新田義貞に責められた北条一族が高徳寺?で、実に
800人が自害したり、織田信長が、留守番をさぼった数十人の侍女の首を
すべてはねた、なんつー記録は日本史には幾らでもある。

つまるところ、風土や気候がその民族性(人間性)を規定する、つーような
ことは一概には言えず、梅棹忠夫さんの「文明の生態史観」のような分類も
和辻哲郎の「風土による文明観」と同様に、あくまでもそういう傾向が幾らか
あるかなあ程度のことに留まるとするべきである。

要は、やはり人間一人一人の個人差、個性の差を重く評価するべきで、自然の
「風土」や「生態」を過大評価すべきではないと私は考えるのである。

一億火の玉とか、大和魂なんつー言葉を、「ばーか」と嗤っている日本人は
幾らでも存在しているのだ。私のように。







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by mana1563 | 2017-08-19 21:45 | Comments(0)

倉島厚さんを悼む(天気が人間の気分を左右することについて。)

NHKTVの天気予報や、新聞の気象コラムでお馴染みだった気象学者の
倉島厚さんが先日亡くなられた。

熟年になってからの「うつ病」との苦闘とその闘病記の著書によって、
お天気おじさんとは別の形で有名になられた方だが、

モンスーン気候に生きる日本人をいろんな意味において、まさしく典型的に
代表された方であった。

・・・・・・・・・・・

私はその日の天候(気温や湿度、晴れか否か)にすこぶる気分が左右される。

何かで落ち込んだ時に、空気がジメジメしていて青空が全く見えぬ時なぞは、
心の底から、自分の運命と天や神を呪う。

逆にからりとした陽気で、一面青い空が拡がっている日には、天や神は、
私を元気づけようと援けてくれているのだと幸せな心持になるのである。

倉島さんの罹った「うつ病」つーものがいったいどんな病気であるかは、
罹ったことのない私にはわからぬが、天気の移り変わりの法則等を知って
いる倉島さんでさえ、うつ病の際にはその日の天候に、より敏感に反応さ
れたのではないかと想像されるのである。

倉島さんの鋭敏な感覚は、わずかの湿気や風を察知し、その作用が大自然の
営みである、つーことを越えて、神様の自分への関わりであるつー風に、
思い込んだのではと想われる。

眠くなってきた・・・。

股下、もとい、またあした続きを書きます。ゴッドナイト。エエ終末を、
もとい、エエ週末を ♪







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by mana1563 | 2017-08-18 23:33 | Comments(0)

アトピーは海水浴で治せる

私はここんとこ毎日のように、蚊だかダニだかに喰われておすこやかに
眠れない。

ムヒSやヨーチンをつけてはみるが、効くのも一時だけ。
痒くて痒くて、寝床や風呂の中でも孫の手が離せない。

あいつ等は無差別に人間を攻撃する。若い女や小さな子どもの柔肌を
狙えばエエものを。ったく。

ん? ひよっとして、私の人間的な魅力が彼らを惹きつける?
ひひひ。そーか、そーか。


閑話休題

駅などで稀に、アトピーの小さな子どもや赤ちゃんの乳母車とすれちがう。

海に連れて行って、日光浴と海水浴を繰り返せばすぐに治るのになあ。
病院の診察代や薬代よりずっと安くあがって、しかも効果はてきめん。
たとえその日は一見、悪化したように見えても、かまわず海水浴を繰り返
せば必ず治るのだ。

れから、ついでに。

季節違いだが、冬のかかとのひび割れには、メンソレータムかタヌキ油を
擦り込むこと。二、三日ですぐに治る。
子どもの頃、ちょっとしたあかぎれや霜焼けにはタヌキ油がよう効いたも
のだ。

アトピーに太陽の紫外線はやばい、つー現代人の見立ては間違っとる。
アトピーは紫外線で治すのだわい。太陽が健康にわりいなんつーことが
あるものかい。






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by mana1563 | 2017-08-17 13:00 | Comments(0)

NHK終戦特集番組を見て・・・



毎年、8/15直前のこの時期になるとNHKで戦争に関する番組が放送される。

昨日はなんともやりきれない思いで二つの番組を観た。

一つはいわゆる「731部隊」として知られる医学者部隊による中国人やロシア
人への生体実験の生々しい証言記録が露わになったもので、いやはや、日本人が
こんなえげつない残忍なことを実際にやっていたのかと、私はこれなら日本人が
核兵器の攻撃を受けるのも当然だとすら感じたほどであった。

そして、想いはこの事実の記録があらためて世界中に知らされたなら、日本人の
評判はガタ落ちになるだろうなあ、つーことに・・・。

生体実験の場所が中国でなく韓国だったら、ふんとに慰安婦問題どころじゃあ
なかったろう。
( ※ 漫画家の故水木しげるさんが派遣された南方の町の慰安所では、一人の
 慰安婦が一日70人!の兵士の相手をしていたそうである。今の日本で、
 たとえ覚悟を決めて金の為に身を切ろうとするソープ嬢でも、一日に70人
 もの対応は不可能だろう。体がもたぬ。)


今一つは、アメリカ軍による日本の都市への無差別焼夷弾空襲のことを描いた
もので、1945年の3.10東京大空襲がいかに計画され実行されたかが、
如実にわかる。空襲の責任者のカーチス・ルメイの上官の戦争哲学、「戦争に
勝利するには、軍を背後で支える一般国民に打撃を与え、戦意をそぐことが
肝要である。」を実践したのである。

上官からGoサインをもらったカーチス・ルメイは、徹底的に日本中の都市に
無差別に焼夷弾を投下する。それが終わったのは、焼夷弾が切れたせいで、
爆撃が不可能になったからだと、ルメイは哄笑する。こんな奴に戦後、
日本政府は勲章を授けたのである。無論、昭和天皇は叙勲式には欠席された。

(昭和天皇つーお人は、戦犯とされた東条英機たちが靖国神社に合祀された
 とたん靖国への参拝を止められたりと、日本人の誰しもが納得する行動を
 された実にご立派な方であった。平成天皇の人柄については語るに及ばぬ。)

・・・・・・・

れにしても、数年前に「ペリュリュー島の戦い」を観て、戦争の実際のエゲ
ツナサ・実態つーものを感じて衝撃を受けたものだが、上記の二つの番組は
さらに戦争つーものが人間に何を強いるかを私にまざまざと見せつけた・・。

戦争なんて絶対駄目だ・・・。

未だに、日本は戦争をやりたくてやったのではない、追い込まれたからだ。
なんつー主張は絶えないが、そもそも朝鮮にしろ満州にしろ他国を侵略した
ことが帝国主義国同士の戦争に発展したわけで、非侵略国の朝鮮、中国の
抵抗運動も含めて、日本に全く理はない。

占領地の朝鮮や満州は日本の統治によって近代化された。よって日本の
植民地化は正しかった、つーことも右翼がよく言う理屈だが、まったく
住民にとっては余計なお世話つーものだ。

開拓による新国家建設が嗤わせる。すでにウネのある畑を軍が住民から
接収して、それを日本人の開拓民に割り当てただけ。

そして日本軍人 ! 満州や樺太でソ連軍が侵攻してくると、撤収と称して
開拓民を置き去りにして真っ先に逃げ出す。沖縄では、アメリカ軍の
投降の呼びかけに、沖縄の住民に背後から銃を突きつけて「先に出ろ!」

なんだらーかいなあ・・・・。

実にやりきれん・・・。







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by mana1563 | 2017-08-14 22:20 | Comments(0)

「抹茶オーレ」の語源について



幾ちゅになっても美味しいものに、冬にはぜんざいお汁粉、夏には抹茶オーレ
(のアイス)がある。

ぜんざいの、もとい、現在の私のように、常識・非常識の全てを兼ね備えた
知的な初老の年齢になっても、今なおウンコ暑い日本の夏にたしなむ抹茶オー
レの美味しさは格別なるものがあって、いつも鼻がもげそうになるのである。

さて、この抹茶オーレであるが、俗説として、オーレと言うのは、フランス語
で、イタリア語ではラテと言う。コーヒーのカフェオーレ、カフェラテと同じ。
牛乳の混入度に幾らかの違いはあるが、基本的に同じものだつー説がある。

が、今一つ私は別な説をご紹介したいと思う。

根拠があるわけではないのだが、私の推測によれば、抹茶オーレは、安土・
桃山時代、すなわち南蛮時代にポルトガルから伝えられたものだと推われる。

日本でこれを最初に正式に?口にしたのは時の権力者の織田信長で、ポルト
ガル人宣教師によって伝えられた製法によって、冷蔵庫のない当時のこと、
抹茶オーレを製造できたのは、富士山麓の天然の氷を保存可能な洞窟を所有
していた大名である北条氏のみで、その献上品であったとか。

で、信長が安土城でこの抹茶オーレをたしなんでいた時、小姓の森蘭丸が、
羨ましがって、「殿、身どもにもそれをおじゃれ。」とねだった時、信長が
「しばし、待ちやれ(待っておれ)。」と叱ったのであるが、

この「待ちやれ」が、時の変遷を経て、「まっておーれ」→「抹茶オーレ」
と転じたものであろう。

たしかにあの美味しさには、何時間でも待つ値打があろうというものだ。

さて、今夜はビイルのつまみに抹茶オーレといくべい。ひひひ。

オーレ ♪


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by mana1563 | 2017-08-08 15:08 | Comments(0)

世界遺産化は亡国の極みである !

イタリアの水の都ベネチアの市民たちが、増えすぎた観光客の為に、
日常生活に支障をきたしている何とかしろ、と抗議デモを行ったとか。

ベネチアの人口は5万人程度、そんなちいさな都市に年間2000万人の
観光客が訪れるつーのだからさもありなん・・・。

300万都市の京都でも年間5000万人の観光客来訪のせいで、近年地元
住民が外出の際の路線バスの利用が著しく困難になっているとか。

度の過ぎた観光地化も考えものである。

そも、京都の観光地である寺社仏閣の境内は、町の雑踏から離れていて、
静かであるからこそ魅力があるのである。

そして言うまでもなくそれらの寺社は、もともと世間を離れて修行するための
道場として創建されたもので、一般人の為に社交場として創られたものでは
ない。


先年、富士山が世界遺産として認定されて、日本中が湧きかえったのだが、
既に、ひと夏に二十万から三十万人の登山者が訪れるほど観光地化した
山にさらに観光客が増えることになることになるだろう。

私なんぞは、富士山を思い浮かべるたびに、二十万人のクソ・ションベンを
ため込んでいるウンコ山のイメージがオツムをよぎる。

実際、真冬の富士山を北側、富士宮から上九一式村方面から眺めると、
斜面に糞尿の黄色い筋があちこちに見られる。こんな山はそうはあるまい。


この夏には、福岡県宗像市沖の沖ノ島が世界文化遺産に登録されたのだが、
あそこは島そのものが、一般人の立ち入り禁止の宗教施設であって、
あの島に観光客を呼び込もうつー感覚そのものが、そも異常なことである。


似たようなことは、有名な美術品の鑑賞でも見られる。

興福寺の阿修羅像やフェルメールの絵の展覧会が、押すな押すなの大盛況?
で、72年大阪万博の際の、アポロが持ち帰った月の石の展示の賑わいと
同様の有様である。


40年前は違った。私が阿修羅像を観た時、当時、既に国宝館収蔵だったの
だが、私の居た数十分、他にはだあれもいなかった。

中宮時の如意輪観音像や秋篠寺の伎芸天像などは、お寺の6畳間の真ん中に
置かれていてのんびりとその周囲をまわれたものであった。無論、触ろうと
すれば触(さわ)れたし・・・。

思えばエエ時代だった。
(今やってる朝ドラの「ひよっこ」の頃。)


首相のアベちゃんは、日本を観光地化して金を儲けようつー政策をとって
いるのだが、ほどほどにしないとね。
過疎地の活性化とは意味合いが違うのだから。

深山幽谷の修行地を観光地化していったい日本文化に何のメリットが
あるか。













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by mana1563 | 2017-08-02 18:34 | Comments(0)