何とか生きておりまする・・・ (^^ゞ
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私は節約なんぞしない

近年流行のエコ・ブームで、最もあほらしいのが、梅雨時の水の節約。

あちこちで雨が多過ぎて洪水の被害の報道ばかりであるのに、コンビニや
公共施設のトイレの手洗いの水道の蛇口からは、チョボチョボの水が・・。

ドアホ ! これでは、手についたウンコを落とせんじゃろうが !!

日本が世界でイチバン恵まれた資源は、水だ。水あっての日本だ。
水だけは、旱魃でもない限り節約なんぞするでない !


電気・・・。

私は、この夏は不在の時もずっと24時間、エアコンをつけっ放し。
お陰で、田舎から送ってくれたジャガイモもこの夏は、おととしの
ように部屋の中で芽が出る事もない。

私の邸宅はトタン屋根なので、午後には室内温度が40度近くになる。
が、今年は不在時は28度、いるときは26度にエアコンを設定している
のでまあ快適。(扇風機も併用。)← カシコイ・・

私の若い時分に比べれば、ヒート・アイランド現象で、5度は暑い。
日本一熱中症患者の多いダサイタマの住人なのだ。エアコンレス
なんてできっかい。

近所に夏の甲子園出場を決めた高校(浦和学院)があって、そこの
野球少年たちをよく見かけるが、このウンコ暑いのにようやるわい、
つー感じ。

そもそも、こんな時期に屋外スポーツの大会をやるなんてアホウだ。
気がしれない。電力だって食うし・・・。エコエコつうのなら、夏の
甲子園なんてやめんかい。

主催が新聞社つーのが哂わせる。紙上ではなにかーとエコエコと
わめくくせに・・・。二重基準じゃねえか。

ともかく私は一切節約なんぞしない。

エネルギーもお金もだ。

そもそも節約する金が、ビンボーな私のいったいどこにあるというのだ?
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by mana1563 | 2012-07-30 10:27 | Comments(0)

表彰台では素直に喜べば?



オリンピックが始まった。

悲喜こもごもの選手達。

見ている私が、文句なく素晴らしいと思ったのは、女子重量挙げの
三宅選手。

表彰台での銀メダルの笑顔には、こっちまでふんとに嬉しくなる。

年頃の娘盛りに、ファッションやら何やらにわき目を振ることなく、
重量挙げ一途に邁進したその努力と精神力には心から脱帽。おめでとう。


柔道(女子)では金メダル候補の二人が敗退。とりわけ、北京オリンピ
ックで銅メダルに輝きながら、表彰式で、金メダルを取れなかったことで、
憮然とした態度だった52キロ級の中村美里選手が初戦で敗退。ただ涙、涙。

たしか谷亮子選手も、銀メダルでの表彰式で、やはり憮然とした態度で
あったわい。

ああした態度は、気持ちはわからんことはないが、見ていて気持ちのエエ
ものではない。

外国選手のように、誇らしい笑顔で表彰式には臨んでもらいたいものである。


半世紀前の東京オリンピックのマラソン。競技場に入ってからイギリスの
選手に抜かれて銅メダルになった円谷選手の表彰台でのちょっとはにかんだ、
でも誇らしい笑顔は、いまだに忘れられない・・・。

金でなくとも、やはりメダリストになるのは素晴らしいことだ。
表彰台では、素直な笑顔が欲しい。

音楽コンクール等で、最優秀賞でなければ喜ばぬ人なんてまずいない。
上位入賞であったり、何かしら特別賞を受賞したら、先ず喜ぶ。

オリンピックでもそういう態度が欲しいな。メダルを取ってむくれた態度
なんて恥ずかしいわな。

そうそう。女子マラソンでのシドニーの高橋キューちゃん、アテネでの野口
選手も素晴らしかったが、私にとっての最高の選手は、アトランタでの銀、
バルセロナでの銅メダルに輝いた有森選手だ。表彰台での彼女の笑顔は印象深い。

さあ、まだオオリンピックは始まったばかり。どんな笑顔に出会えるかのい ♪
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by mana1563 | 2012-07-30 02:27 | Comments(0)

二つの言葉

今日は画家のゴッホが自殺した日。

私は十代の終わり頃に、みみず書房から出ていたスケッチも全部入っている書簡全集を図書館から借りだして夢中になって読んだも
のだった。

れから数十年。身近な人から、有名人まで多くの人間の死のニュースに接するたびに、

あらためて、「人生は苦しみだ」というゴッホの死に際の言葉が、いかにもその生涯を本音で正直に表現している言葉であることに心を揺さぶられるのである。


死の直前つーわけではないが、先日亡くなられた吉田秀和さんの、原発事故への絶望感
「あの事故をなかったかのように音楽を語ることなどできない。
かといって、それに立ち向かう力はぼくにはもうない。」の感想も
その正直な人間性が現れてとっても感銘深い。

この二つが、私が人生で出逢った最も感動的な言葉だ・・・
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by mana1563 | 2012-07-29 06:52 | Comments(0)

倍賞千恵子さんの歌う 「芭蕉布」

今日の昼間、ラジオで沖縄の歌の特集をやっていた。

「芭蕉布」も、普天間かおりさんの歌声で流れた。

普天間さんのは、いかにも沖縄人らしいとえばいえる「芭蕉布」になる。

でもやはり、私は、「芭蕉布」は、倍賞千恵子さんのがイチバン好きである。

歌い方が実に素直で、歌詞の日本語がとっても美しく感じられる。

この人は本職の歌手ではないが、日本人のなかで(森山良子さんとならんで)
最も、素晴らしい歌い手であると思う。

ユーチューブからの転載が無効つーことで、ここに紹介できないのが残念。
皆さんが直接検索して聴いてみんさいな。

「芭蕉布」 倍賞千恵子


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by mana1563 | 2012-07-27 14:21 | Comments(0)

ギャグと化した反原発集会



最初は真面目に思えた。

鎌田慧さんや澤地久江さんなどが集会を主導していたからである。

が、ピコピコおじさんや念仏エロババアが集会で演説しはじめてから、
? ? ・・・。

だんだんと違和感が。(まあ、念仏エロババアくらいはご愛嬌だが。)

極めつけは、ハトポッポ元首相の集会への参加である。


被爆国の国民として、この種の運動は、日本人は決して、ストレス
発散の為のパフォーマンスであってはならず、ふんとうに真面目に
取り組むべきであるのが最低限の条件。

それができなければ、この種の運動には参加してはいけない。
それが、原爆で被曝死していった人達への基本的な礼儀であろう。

しかるに、このたびの反原発集会の不真面目さはどう言ったらエエか・・。


かって、左翼陣営の党派争いもあって、「社会主義政権の核武装は、
侵略的なものでないから許される。」とか、

「社会主義国である北朝鮮が、拉致問題なぞ起こすはずがない。」と
今日の常識からすると、信じがたいような主張を、公党である社会党
のリーダーたちはしていたものである。

あのときと同じような軽薄なものを、私はこのたびの官邸前の反原発
集会に感じるのである。

ハトポッポが参加して、喝采を浴びるような反原発集会に値打ちはない。
れどころか、原爆被曝者への侮辱と言ってもエエ。

あんな不真面目な集会は脱原発には逆効果であろう。


頑張ろう東北! 頑張ろう福島 ! と表向きは言いながら、その実
震災ガレキの受け入れに猛反対をしたり、福島県産の農作物を一切排除
している多くの日本人のホンネとタテマエの厭らしさ。

あの連中の集会に、オスプレイでも墜落せんものか・・・。

ピコピコ・・・
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by mana1563 | 2012-07-26 07:15 | Comments(0)

ある新聞記者の吉田秀和追悼文について



連日の猛暑が一段落した昨日、ウンコしながら溜まっていた新聞を読む。

と、一週間ほど前の朝日の夕刊に各界の著名人たちへの「惜別」と題した記
事が、あるのが目に留まった。

先日亡くなられた吉田秀和爺さんの追悼文があったからである。


追悼記事を書いたのは、(私に新聞社の組織のことはわからんが)おそらく
この新聞社の文化部に所属し、吉田さんと身近に接する機会の多かった記者
であろう。

つまりは吉田秀和さんの盲目的な崇拝者であって、この一点をもってしても
吉田さんを客観視した記事を書くことが到底不適当な立場の人間である。

「・・・長い歩みの果てにたどり着いた悠々たる楽観の境地云々・・」と
個人的な思い込みを書いたり、

吉田さんの言葉「音楽の世界はもうダメだという人がいるけれど、音楽は
いったい何年の年月を生き延びてきたの。大丈夫。芸術は絶対に死なないよ。」
を追悼文の最後に持ってきて記者の願望に意図的に沿わせるトリックを使う。

新聞の社説に見られるように、時系列を入れ替えたり、事実の表現方法を
工夫して読者をだますのは新聞記者の常套手段である。

この記者はあきらかにその小細工を使っている。

吉田さんの「芸術は死なない云々・・」は私もTVだかラジオだか忘れたが、
私も確かに聞いた。

だが、この発言は、東日本震災前・フクシマ原発事故の前のことである。


また、記者が、この春吉田さんと花見をした際、桜の花びらが無心に遊ぶ
子ども達に降り注ぐ様子を見た吉田さんが、「いいねえ」と立ち尽くして、
「こういうのは、ぼくにはもう見られないだろうから」という姿に、

「原発事故からずっとかかえていた心の重荷を下し・・」とこれまた勝手な
主観記事。

妻の死や原発事故への絶望感と(音楽の)無力感。それが吉田さんの心の
重荷だったことをこの記者はわかっていながら、読者に隠したのである。

風に吹かれる桜の花びらの優雅さはかなさに比すれば、音楽なんぞ爪のアカ
ほどの値打ちもない、と最晩年に吉田さんが至った心持を隠したのである。

・・・・・・・・

私は決して、その人格を攻撃したり、欠点を暴けつーことを言うのではない。
ただ、無批判で盲目的な崇拝は、むしろその人への侮辱とすら言えると思う
のである。

夏目漱石について、小宮豊隆をはじめとする弟子達が、「文豪・夏目漱石」の
イメージを壊すまいと評伝その他の著作で偶像化したことは良く知られている。

これに80歳を超えた正宗白鳥が、「50歳にも満たぬ若造が、悟りだの即天
去私だのって、わらわせらあ」と書き、また戦後にはまだ学生の江藤淳が、
漱石の神経衰弱やら、カミさんのヒステリーに閉口している漱石の実態を
書いて、文壇が神様扱いしている文豪・漱石の評価に一石を投じたことがある。

カクマルの黒田寛一の詩人・中原中也へのクソミソの追悼文、近くは、つい
この間亡くなった思想家・吉本隆明への原発への態度を、姜ちゃんがボロクソ
にけなした追悼文もあった。

だが、それだからといって、夏目漱石も中也も評価が下がったなんつーことは
全くない。吉本隆明もむしろ庶民目線の思想家として、姜ちゃんの批判のお陰
でますます評価が高まるだろう。


吉田のじいさんは、音楽にも人間の世界にも絶望して死んで行ったのだ。

風に吹かれて舞う桜の花びらほどの値打ちが、人間(音楽)の世界にはおよそ
存在しない、つーことを、一世紀生きて、はじめて「悟って」死んで行ったの
だ。


吉田さんのイチバンの魅力はその正直さにある。

ラジオの音楽解説やエッセイでの「ごめんなさい」。

隣人で文学の先輩にして「評論の神様」の小林秀雄が、読んでみろよと呉れた
「本居宣長」を、「わるいけど、難しくてぼくにはわからない。」と返した、
率直さ。

カミさんが亡くなられた際のひとかたでない、狼狽振りや落ち込みぶり。

(その時の、「こんな時、音楽なんて無力だ・・・」の言葉。)


「悠々たる楽観の境地・・・」だと?

吉田さんがそんな境地に至って、亡くなっていっただと?

東日本大震災後の「音楽展望」で、吉田さんが音楽を一切語らなかったことの
意味を、この崇拝者の記者は何ら理解していない。

未曾有の悲惨や悲しみを生み出した、津波や原発事故による「沈黙の春」を
眼前にして、吉田さんはかって

「モーツァルトを聴いてる時には、小鳥のさえずりさえ邪魔になる。」と書いた
自分の倣岸不遜さを、「音楽展望」において音楽を一切語らぬことで、「ごめん
なさい」に代えたのだ。

無数の人々の埋めようのない悲しみや喪失感を癒す事、そして「沈黙の春」へ
の自身の無力感、絶望感は、たかが音楽なんぞでは到底かなわぬつーことを
「音楽展望」の場で言外に顕したのだ。

(その行間を読み取れぬこの記者はアホウである。崇拝者が必ずしも理解者では
 ない、つーことだ。尊敬することと批判精神を失うつーことは同義であっては
 ならぬのは言うまでもないことだ。)


吉田のじいさんは、絶望しながら、それでももっと長生きしたいと、この世に
思いを残しながら半分はいやいや死んで行ったのだ。




※ 追記:

 吉田翁が亡くなった翌日、「評伝」が新聞に載った。(この「評伝」を
 書いたのは、ひょっとして「惜別」で追悼文を書いた記者と同一人物かも
 知れない。)

 そこに、原発事故直後の吉田さんの言葉が載っている。
 「あの原発事故をなかったかのように、読者に音楽を語るなんてことは、
  僕にはできない。かといって、それに立ち向かう力は僕にはもうない。」

 幾多のいわゆる知識人が、震災や原発事故についてそのショックを語った。
 しかし、吉田さんのこの言葉ぐらい誠実で正直なものはない。

 私はとても感銘を受けた。

 原発事故後の「音楽展望」では、「音楽」の文字は一切見ることがなか
 った。この態度が吉田さんつー人の本質であった。

 (その昔、友人の大岡昇平が「自分は俘虜であったから。と芸術院会員に
  なることを辞退したことを思わせる。)

 
 で。もしこの時の記事を書いたのと同じ記者なら、なぜこの言葉を取り上げな
 かった? 

 「悠々たる楽観の境地云々・・・」などと陳腐な言葉で、この正直なじいさん
 の最期を修飾する。枯淡の境地ってわけか。干からびたスルメや煮干しのよう
 な人間が、シューベルトの「菩提樹」のリリシズムを語ったりするものか。

 「最大の絶望」(原発事故)の果てにも、芸術(音楽)が存在する、なんて
 こと吉田秀和は一言も言っちゃあいない。勝手に歪めるな。バカヤロウ。


※ 再度追記:

 最近のスクープに、原発下請け労働者が、放射線線量計を鉛カヴァーで覆う
 実態の記事がある。新聞記者つーのは、そういう仕事をしてもらいたいわい。

 記者が個人的に尊敬しているからといって、読者にその人物への思い入れへの
 共感を強いるようなことは、ただの広告塔であって、新聞記者の本筋・使命と
 はずれている。

 音楽に関したことであるなら、大阪での楽団への補助金の削減・廃止問題や、
 N饗アワーの放送番組廃止問題なんぞに切り込み、かつ反キャンペーンの論陣
 を張ったりすることが本来なすべき仕事だろう。

 亡くなってしまった爺さんをヨイショすることなんて、あの「オーケストラの
 少女」にさえ遠く及ばない。ドアホ !










 










 

 

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by mana1563 | 2012-07-22 10:17 | Comments(0)

反原発集会にハトポッポが参加



ハトポッポ元首相が、首相官邸前の反原発集会に飛び入り参加して
演説をぶったとか。

いやはや・・・

首相在任中にベトナムに原発を売り込んだのを忘れた ?
(契約が成立した時、「これはトップ・セールスの成果だ。」と自慢
 してたの誰? あっ、れは菅ちゃんの方か。)

(そういえば、民主党を離党した小沢一郎も反原発って言ってたなあ。
 小沢が反原発? 何それ? ギャグ?)

2030年までに「クリーン・エネルギー」原発の割合を50%にする、
つったの誰だっけ?
(CO2の排出を25%削減すると国際会議で大見得をきったはエエが、
 その代替エネルギーは、明らかに原発による発電であった。)

電気はいらない、つー、ピコピコおじさんに、念仏エロババアに、
今度はハトポッポの援軍ときた。

いやはや・・・

あ、そうそう。

電力不足解消の為にフル稼働している、反エコ・非エコの火力発電所
の稼動には反対しないのか?

何だか、あのエコ・ブームと今度の反原発運動には共通点があるのい。

かって、オリビア・ニュートンジョンが人気絶頂の頃、来日要請を
「日本は捕鯨国だから」と拒否したことがあったが、その後落ち目に
なると日本のマーケットが魅力つーわけで来日したものだ。

あれともよく似とるわい。

いやはや・・・

今日はどよう、ウサギでも食べるべか・・・。
耳をきざんで酢醤油につけて食べると美味いんだ。♪

今年はウサギの子どもが少なくて、アフリカ産のウサギまで輸入するとか。

いやはや・・・

わっ、私は日本人であることが恥ずかしい・・・。

だいたい、ウサギのバカ焼きのどこが美味しいんだ?
脂ぎったヘビを食べるのと同じじゃねえか。
ああ、やだやだ。トカゲならまだしもヘビを食べるなんて。

今日は土曜だから、日本中でヘビを食べるんか? わわっ

れとも牛のシッポの刺身? 土曜の牛の日なんてもういや !

眠い・・・。屁こいて寝るべ。
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by mana1563 | 2012-07-21 07:30 | Comments(0)

スポーツ及び武道と人間性について

今朝の新聞。2008年度の剣道日本一が、女子高生に裸の写真をメールで
送らせた容疑で逮捕とか。

数年前には、柔道・金メダリストが強姦で逮捕されたこともあった。

子ども達への情操教育の一環として、学校教育のカリキュラムで必修と
なった武道の第一人者たちの不始末を、必修化を推進した文部科学省や
知識人?たちは、これらの事実をどう弁解するのだろう。

たしかに、武道界には優れた人格者は存在する。
相撲の白鵬や柔道の山下康裕さんなどがそうだ。

だが、彼らの人格は何も相撲や柔道によって形成されたつーわけではない。

もともと生まれ備わっていた素晴らしい人間性の持ち主が、たまたま相撲や
柔道のいわゆる武道をやっている、というに過ぎない。

そしてその人間性は、彼らの両親や身近な人達からの影響によって育まれた
と解釈すべきであろう。

スポーツが忍耐力や集中力を鍛えるつーことは確かにあるだろう。
だが、それらは何もスポーツの専売特許ではない。

逆に、スポーツをすることによって頑丈になった肉体の自信?やうぬぼれが、
体の弱い人への蔑視や偏見を生み出しがちになりうる可能性だってあるのだ。

・・・・・・・・・・・・

スポーツだけではない。

音楽が情操教育に効果がある、というのは社会に一般的な通念だが、あのヒ
トラーは、大のクラシック音楽のファンであった。

スポーツにしろ音楽にしろ、何かを特別視して「もてはやす」のは間違いだ。
人間が人生で何をやるかを選択しようとしまいと、そんなことは問題ではない。
選択する人間の問題、よーするにその人の人間性の問題なのである。

・・・・・・・・・・

学校教育の現場で、武道(とダンスが必修になった。これも?)が必修化さ
れたが、子ども達にいったいどれほどの人格向上の効果があるか疑わしい。

私は、たたみ、もとい、むしろ運動の苦手な子どもの方が、思いやりのある
人間に育つような気がするのだが・・・。

スケートの魔王ちゃんの可愛い性格や、柔道の山下選手の素晴らしい人柄は、
もともとからあったものだ。スポーツのせいではない。

勘違いしてはいけない。

スポーツや音楽が、その人間性を向上させるなんつーことは絶対にない。
(ヒトラーの例を想え !)

私の炭焼きのじいちゃんは、音楽にもスポーツにもおよそ縁がなかったが、
あの吉田秀和さんと比べても、その人間性はまったく、ひけをとらなかった。

結局のところ、
     何をやるかではない。何かをやるその人、個人の問題なのだ。
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by mana1563 | 2012-07-20 08:01 | Comments(0)

ありがとうキャンペーン



引き出しの古いケロッピィ・ディスクを開けて見たら、十年ほど前に
私が作ったキャッチ・コピーが出てきた。

ご紹介・・・^_^;

    「ありがとうキャンペーン」から
1.太陽さん、いつも毎日 ありがとう
  たまには 昼間も休んでね

2.お風さん、暑いの寒いの ありがとう
  スキマ風も ありがとう フン

3.マグロさん、
  おいしいお刺身 ありがとう
  海の中では 気をつけて
  悪い漁師が いるからね
  オイラはいつも 味方だよ


    「積荷落下防止キャンペーン」から
1.赤ちゃんは
  ワイヤーかロープで
  しっかりと !!

2.この車は湯たんぽと赤ちゃんは積んでおりません

    
    「車間距離をとろうキャンペーン」から
1.うしろの車 
  近寄らないで !
  屁 かますわよ

2.追突注意 !
  わたしは貧しくて
  保険に入っておりません

    
    「いじめ防止キャンペーン」から
1.いじめたら
  魁皇と馬場ちゃんに
  言いつけるから !

その他

ビンボーな私を
おゆるし下さい

   
    「努力目標
オイラ 大きくなったら
絶対 赤ちゃんになるんだ !
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by mana1563 | 2012-07-19 14:22 | Comments(0)

国民は、ポチであることを望んでいるのではない !

野田首相が、米軍のオスプレイの沖縄配備に関して、「同盟国の軍隊が
決めた事を、わが国がどうこう言える立場ではない。」と言ったことを、

連立を組む国民新党の下地幹事長が批判している。

全くである。およそ、一国の主権国家の長が発するべき言葉ではない。


今度就任した森本防衛大臣も、期待に反してアメリカ一辺倒のポチである。

口を開けば、日米安保が重要だとの一点張り。市街地にある普天間基地の
危険性には全く無頓着。この人はいったい日本人なのかとすら感じさせる程。

保守系の仲井間知事でさえ、オスプレイの配備に反対している。
「もし事故が起きたら、沖縄の米軍基地は全面閉鎖だ。」つー知事の言葉が
森本大臣や野田首相には全然響いていないようである。

主権国家の国家防衛のトップ二人がポチであることの驚き。

おおっ、せめてタマぐらいにはなって欲しいわな・・・。


そういえば、中国大使の丹羽某さんも中国のポチだっけ。

エライ人ほどポチ化が進むんかのい。私はネコ派だからかな。
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by mana1563 | 2012-07-18 09:43 | Comments(0)