何とか生きておりまする・・・ (^^ゞ
by mana1563
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<   2012年 05月 ( 43 )   > この月の画像一覧

みじめと真面目は誰にでもある

間違いと気違いがどこにでもあるように、

惨めと真面目も誰にでもある。

ミジメさを感じるのは、君がマジメな証拠。


一句

夏は来ぬ 木綿来てても夏はきぬ

by みみず
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by mana1563 | 2012-05-31 09:53 | Comments(0)

赤ちゃんが死んだ

赤ちゃんが死んだ。

かけがえのない、今年九十八になる赤ちゃんが死んだ。

絶望して死んだ。

百年の歴史を残して・・・
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by mana1563 | 2012-05-31 09:24 | Comments(0)

人生とは何ぞや ?

「人生とは苦しみだ。」との言葉を残して、孤独の中で僅か
37歳で窮死したゴッホ。

音楽の分野で大きな業績を残し、国家と国民から尊敬を受け
ながらも、

愛する人の死と、抗らいがたい運命の前に、音楽の与える力
の無力さに絶望して、一世紀の時間を生きた後に死んでいっ
た吉田秀和。
(精神的な自殺・・・)


いったい、人生とは何ぞや・・・
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by mana1563 | 2012-05-31 08:49 | Comments(0)

前向きな人生って何 ?


人生を肯定し、人間の可能性を信じて生きた吉田秀和じいは、
最後にそれに襲いかかる残酷な運命に絶望して死んだ。

人生を肯定するも、人間の生きる社会の不条理に疑問を突き
付け続けてきた新藤兼人監督は自らの格闘に満足して逝った。

どちらも立派な業績を残して、国民から心からの弔意を受けた。

お二人とも終生、前向きに生きられた。

それでもなお、人間は絶望するのだ。

100年、前向きに生きても人間は絶望して死んでいくのだ・・
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by mana1563 | 2012-05-31 07:55 | Comments(0)

コーヒーを飲むと死亡リスクが低下する ?

アメリカ国立保健衛生所が、コーヒー好きの人は全く飲まない
人よりも、心臓病や糖尿病で死ぬリスクが10%低いと、発表。

だが、これは日本人には参考にならぬ。

日本のコーヒーは砂糖を抜きにしては語れない。砂糖の入らぬ
ものは、ブラックといって物好きの飲むもの。

その日本式コーヒーを何杯も飲むとどんなことになるか自明で
あろう。

私の場合、虫歯が増え、肥ってきた。つまり、コーヒーは体に
ようないつーことだ。ものごとは科学的に見ないとダメ。

切腹する日本人が、アメリカ人にとって理解できないように、

ブラックを普通に飲めるアメリカ人は我々日本人にとって宇宙
人と同じなのである。
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by mana1563 | 2012-05-31 01:54 | Comments(0)

今度は新藤監督かや・・・ なんという五月だ !

真夜中のトラック。

映画監督の新藤兼人さん死去のニュース。

うそだろ。今年はなんという年、なんという五月だ。


古今東西、新藤監督の「裸の島」以上の映画は存在
しない。

30年前に読んだ「祭りの声」(岩波新書)の感動も忘れ
難い。

・・・・・


今年は、次から次と日本の国から、大切な人間が消え
ていく。

京都の梅原猛さんなんか、大丈夫じゃろなあ・・・

もう、勘弁して欲しいよ。

日本人がいなくなっちゃう・・・・・
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by mana1563 | 2012-05-31 00:25 | Comments(0)

音楽の力の限界を感じて絶望した吉田翁の死

吉田のじいちゃんが死んで、先日の吉本隆明の死の時と
同じように追悼文があちこちに散見される。

誉め言葉、称賛の言葉ばかり。
肝心な部分には目をつぶって。

吉田のじいは、愛するカミサンの死から、なかなか立ち
直れずモーツァルトの音楽さえも忌避したという。

そして、じい自らが言っているように、あの人知を越え
た震災と原発事故の恐怖。

その眼前の現実の前には、およそ音楽なぞ屁の突っ張り
にも、癒しにもならない絶望的な無力感・・・

一世紀にならんとする己の人生の意味が、その最後の最
後で脆くも崩壊してしまって、じいは生きる気力をささ
え続けることに疲れて死んだ。

日本を代表する知性の絶望の果ての死の意味を問うこと
なく、通りいっぺんの追悼文しか書けない連中。

お前等に、吉田のじいさんのことなぞ書く資格はない !
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by mana1563 | 2012-05-30 13:45 | Comments(0)

名状し難い喪失感・・・

ふんとうに吉田のジジイは死んじまったのだ。

音楽界の連中や音楽愛好家の連中と喧嘩して、
そして嫌われても、私には吉田秀和つークソ
ジジイが味方なのだ。お前らなんぞ屁のカッ
パじゃい。

と、想うことが二度とできないのだ。

真夜中、見知らぬ土地の原野の中に停めたト
ラックの中で私は泣いた。

かけがえのない人であった。

ジジイの解説のラジオ番組を聴きながら、
フン、俺の方が先に気がついておったわい。
何を今頃・・・なんて・・・

感受性が似ていた。ほんの少し私の方が若干
下品つー違いはあったが・・・

・・・・・

ジジイは、人生の最後に、音楽の無意味さに
震災や原発事故や最愛の妻の死によって気が
ついた。

「人間は絶望しない。だって音楽があるのだ
もの。」そういった当人が、一世紀に近いそ
の人生の最終章で絶望したのだった。

音楽なんて、愛する人の存在や赤ん坊の笑顔
に比べたら何ほどのことがあろう・・・。

ジジイは、そのことを告白して死んでいった
(せずに済んだのに ! )

音楽の無意味さに初めて気のついた稀有な音
楽評論家のジジイ・・・

その正直さが私は好きだった。

もう、あのとぼけたものの言い様を二度と
耳にすることはないのだ。

名状し難い喪失感・・・

人が死ぬってこういうことなのか・・・
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by mana1563 | 2012-05-30 04:44 | Comments(0)

虫の知らせ 吉田じいさんの死

ざっと30年ほど昔のこと。

ある地方に住んでいた私は、なぜか不意にカトリックの
哲学者 ・森有正の本が読みたくなって、数時間かけて
横浜まで行って二冊買い、また数時間かけて帰ってきた。

その新しい本をパラパラとめくっていると、ラジオから
「哲学者の森有正さんがパリで客死されました。」・・

今でも不思議な気がする・・・

・・・・・

私の読書は系統だったものではなく、ただの読み散らかし
に過ぎないが、それでもやはり好きな作家や気になる評
論家つーものは自然とできてくる。

国木田独歩、正宗白鳥、北村透谷、クローニン、ジョー
ジ・オーウェル、ドストエフスキー、シュテフター、小林
秀雄、神谷美恵子、福田恒存、梅原猛、沢地久枝、田中美
知太郎、中也、朔太郎、光晴、西行法師、大岡昇平、
そして吉田秀和。

このうち、ご存命なのは数人。

おそらく亡くなられる時には、間違いなく虫の知らせがあ
るだろう。数日前に亡くなられ、昨日報道された吉田のジ
イサンも私にあの世から知らせがあった。

吉田のジジイは、
わからないものはわからないと言い、悪かったと後悔した
ことはごめんなさいと言った、普通の感覚を持ったとって
も正直な人であった。

自分自身のオツムでものを考え、自分自身の感覚を信じ
た人間だった。

いわゆる権威に屈することも決してなかった。
友人で評論家の小林秀雄の本(本居宣長)でさえ、私には
よくわからない、と言った。

先日亡くなった、思想界の巨人?吉本隆明の希代の悪文
を理解できうる筈もないのに、ヨイショして祭り上げ、
そのエピゴーネンとなることで、いっぱしの知識人面し
いる連中などとは全く違っていた。

シューベルトの菩提樹に惹かれて、その想いを昨日のこ
とのように語り、詩人つーものと間近に接した体験を
語る吉田のジジイは紛れもなく98歳の少年だった。

昨春の震災と原発事故に打ちのめされた吉田さんの人生
は果たして幸せだったと言えるだろうか。

(吉本は打ちのめされることはなかった。バカだから。)


吉田のジイチャン。

モーツアルトとかバッハとか、音楽の雑音の一切聴こえ
ないところで、奥さんと二人で小鳥のさえずりや、みみ
ずのおならや、かえるのため息を楽しんで下さいな。

あなたは、一介の労働者のネジ回しの私に充分過ぎるほ
どのものを与えてくれました。

ふんとうにありがとう。

私もいつかあの世に行ったら、無給でじいちゃんの専属運転手に
なって、下働きをしますからね。
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by mana1563 | 2012-05-29 06:55 | Comments(0)

吉田秀和翁の謝罪のこと

昨年春の大震災と原発事故の後。

私は所謂知識人達のそれに対してのコメントを注意深く吟味
していた。

無論、100歳近い吉田秀和翁の言葉も。

で、初夏の頃であったろうか、朝日新聞夕刊の「音楽展望」
で翁の記事が。私は食い入るようにそれを読んだ。

だがそれは、「音楽展望」の題が何でついてるの?と思わせる
位、音楽に関係したものは皆無の、実に異様な文章であった。

始めから終わりまで、翁が体験した東京大空襲の記憶と、翁
の好きな大相撲についての思い出と考察であった。

私は直感した。吉田翁が東日本大震災と原発事故にいかに大
きなショックを受けたかを。

・・・・・

朝日新聞の今朝の評伝から引用 ー

関東大震災や東京大空襲をくぐり抜けてきた吉田さんが「最
大の絶望」と語ったのは、東日本大震災、とりわけ原発事故
だった。

「あの事故をなかったかのように、朝日新聞の読者に気楽に
音楽の話をすることなんて僕にはできない。

かといって、この現実に立ち向かう力はもうない。」


最後の「音楽展望」は6月であった。

・・・・・・

翁はかって、この場所の「音楽展望」で、こんな一文を書い
たことがあった。

「別荘でモーツァルトを聴いていたのだが、小鳥のさえずり
さえも邪魔になる・・・」云々。

(私は当時、この文章を読んで激しい反発を覚えた。
「ジジイ、ボケたか。何バカなことを言っていやがる!」)

昨春の震災と原発事故によって、被災地は否応なしに「沈黙
の春」となった。

そして同時に「慟哭の春」とも・・・

吉田翁は小鳥のさえずりの聞こえない「沈黙の春」を眼前に
して、かって軽はずみに言った自分の言葉を後悔したに違い
ない。

モーツァルトの音楽なんぞ、小鳥のさえずりに比べたら、そ
もそも値打ちなんぞあるだろうか ?

翁ほど音楽が人生に与えうる効用を信じていた人はおるまい。

その彼、文化勲章まで授与されて、国民から尊敬を受けてい
る立場にありながら、一世紀に近い人生を生きてきた人が、
最後の最後で音楽の無力さに絶望したのであったとは
なんと残酷なことであるか。

ふんとうに正直な誠実な人であった。

ネジ回しである私が尊敬できた最後の知識人だった。

ふんとに大好きなクソジジイであった・・・。
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by mana1563 | 2012-05-28 02:52 | Comments(1)