何とか生きておりまする・・・ (^^ゞ
by mana1563
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なんとかなるじゃろ・・・  




 


                              「 だまって俺についてこい 」


                                作詞:青島幸男


                                作曲:萩原哲昌


                      


                                      「 アベ・マリア 」  歌:マリア・カラス


 


                       ※ ユーチューブで聴いてみやれ。 ♪


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by mana1563 | 2008-05-31 09:07 | カテゴリなし

人生の評価について

その昔、団塊の世代が若かった頃、流行した言葉があった。


 


「自己批判・・・。」


 


何を? 誰に対して? そんなに簡単に? 


自己批判してる自分に、嫌悪、感じない?


そっか。すべてがチャラになるんか・・。なーる。


 


私は、一回り年上の連中の、パフォーマンスを


いつも、冷たい目で見ていた・・・。


 


・・・・・


 


あれから、もう三十年、経つ・・・。


等し並みに、「革命家」だった連中も、いつしか生活力の差が


出て、実業家から路上生活者まで・・・。


  


それでも、人脈とやらで、集まれば、昔のごとく・・・。


だが、酔っ払った赤ら顔に、キラリと光るその目つきは、


現在のお互いの立ち位置の値踏みをしている・・・。


 


 


嗚呼、我々の人生は、他人との比較においてでなくては、


自分の人生が評価できないのであろうか。


自己満足という、真に己の良心に照らせば、客観的?な


評価などは、しょせん望めないのだろうか。


 


・・・・・・・


 


私は、それを他人に、押し付けることさえなければ、


自分の人生のプラス、マイナスの評価は、自己満足の


度合い=すなわち主観的な評価で、一向に構わない


と思うのだ。


  人生の客観的な評価? なんだ、そりゃ?


 


「人生は苦しみだ。」という、己が人生の、絶望の果ての


言葉を残して逝った、画家のヴァン・ゴッホの絵画を、


後世の人がどんなに評価しようとも、辛かった、ゴッホの


人生が、幸せな人生に変わる筈もない・・・。


 


いや、他人に注意をそらすのは、もう止しにしよう。


 


 


・・・・・・・


 


私の人生は、成功とはいえなかった・・・。


私の、尊敬する爺ちゃんのように、触れ合いの中で、


相手を元気づけてあげたことなぞ、ついぞなかった・・・。


相手に自信を、与えたことなぞ、およそなかった・・・。


(むしろ、傷つけた・・・。その必要性もないのに・・・。)


 


私は、人生の多くのものを、教えてくれた爺ちゃんと


時に、ツバした、おてんとう様に、心から赦しを乞う・・・。


それから、五月の青い空にも・・・。


 


 


 


 


 


 


 


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by mana1563 | 2008-05-30 00:37 | カテゴリなし

人生について (再褐)

人生について ――― 思いつくままに・・・。


私の仕事は、ねじまわしなので、一日の大半の時間をそれに費やします。

ラジオやCD等で、音楽を、ながらで聴いていることもありますが、


たまに、「人生」って、いったい何じゃろ?

と、ふと考え込んで、信号に気がつかぬこともあります・・・。


昨今は、自殺ばやりです。ネットで仲間を募って、練炭か何かで集団自殺

するのは、好きにせいよ。と思うだけなのですが、


悲惨なのは過労等による「鬱」から、自殺に至る事例で、これはほんとう

に痛ましい限りです・・・。



「鬱」の主たる原因は、間違いなく「睡眠不足」でしょう。これは断言で

きます。

人間つーものは、寝不足になると、人生に疑問を持つようになります。

「私は、何の為に生きてるんだろう?」

「私は、コレ(この状態)を求めて、これまで生きてきたのか?」


「眠り」は、いうまでもなく生理的・肉体的な体力回復の重要なメカニ

ズムですが、無論それだけにはとどまりません。


「眠り」の過程において、 「夢」を見ること、これが大事です。

幸せだった幼年時代や、母の思い出。れから、懐かしい幼馴染みや、

ふるさとの山河等々・・・。


これらのことを、布団にくるまってウルウルと、涙しながら思い出すこと

が、その日、一日のストレスの癒しになるのです。


バカなカウンセラーの「苦しんでいるのは、あなた一人ではないのです

よ。」とか「後ろを振り返らないで、前向きに!」とかの「癒しの決ま

り文句」を連呼されたって、実は屁にもならんのです。

(これからの時代、確かにカウンセリングは必衰なのは、間違いないでし

 ょう。ですが、今必要なのは、


「後ろを振り向いて、懐かしい笑顔と 対面すること」なのです。



・・・・・・・・


人の「死」というものが、なぜとりかえしのつかない、喪失感を我々に

与えるのか。あるいは、逆の言い方をすれば、人の「生」というものが、

いかにかけがえのないものであるのか。は、


それは、「人間という存在が、決定的に・根本的に孤独である。」と言

うに尽きます。


 「ある人の持つ、思い出や空想、幻想の抱くイメージ映像は、その人

以外、それを決して、うかがい知ることは不可能なのです。」


母親だとて、神様でさえ、絶対に・・・。



かるがゆえに、人生の宝物たる、さらに人間社会の宝物たる、「思い出」

を大切にすることが、重要になってくるのです。


言い換えれば、「過去に生きて」何等、悪いことはないのです。

「後ろ向きの人生」で、一向に構わないのです。


まさにそれが、人生の本質なんですから!


 


  <「鬱」で、苦しんでいる人達に!>


「思い出」を、懐かしんで思い切り泣きんさい。


一晩中、泣き明かしたら、「過去」を目指して、生きるのです。誰も、

邪魔なんぞできません。あなたの脳裏に浮かぶ映像は、あなたの独壇場

なのです。

それは、あなたしか所有していない、とっても貴重な宝物なのです。


そして、それを守れるのは、あなただけだ・・・。



ただ・・・。


「思い出」の映像を、一人占めしないでくれ。

お願いだ。どうか、我々に語って欲しい。



・・・・・・・・・


我々、人間は、それぞれに、「私が此の世から、消え去ったとしても、

悠久の大自然は、何事もなかったが如く、厳然として在り、その規則的

営みが途絶えることは、ない・・。」と、(たぶん皆さんは)考える。


だが、それは、完全な誤りだ。


「私」が死ねば ―― その瞬間から、此の世のあらゆるもの一切、

世界もまた 同時に死滅するのだ。


此の世のあらゆる出来事や現象は、「私」が生きて在るからこそ、認

識できる。死んで、認識不可能になれば、ないも同んなじ。


日月星辰だろうが、宇宙だろうが、何だろうが、「私」が、死んでし

まえば、屁、もとい、無と同じである。


つまり、「悠久の大自然」は、「私」という人間が、生きておればこ

その「悠久の大自然」なのだ。


 その存在自体、そしてその存在の意義は、100%「私」の生死に

左右されるのだ。


そう。それほどに、私たち、一個人の「命」と、いうものは、かけが

えのない存在なのだ・・・。



我々は、うぬぼれてよいのだ。

宇宙や自然や神なんぞ、怖れるに足りない・・・。



でも、「彼等」を、殺すまでのことはあるまい、と思う。

「私」が、死にさえしなければ、「彼等」も生きられる。


彼等を生かしてやるには、「私」が生きねばならぬ。

(傲慢であることは、承知の上だ・・・。)


                     


                        




  





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by mana1563 | 2008-05-27 22:15 | カテゴリなし

只今アル中療養中につき・・・。

  みゃおおおおおおおおおお


 


    うちの主人は、病気ですう~


 


                                                                                     (萩原朔太郎 「青猫」より)


  


  ただいま、アル中の療養中につき、


  しばらく、お休みいたします。


 


 


                           


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by mana1563 | 2008-05-26 20:43 | カテゴリなし

休憩・・・

みんなに薦めた本、ちょこっと読んでみようと思う。


 


机の上に並べたら、なんか読みたくなった・・・。


 


ビルに、邪魔はさせん。ぶん殴ってやる。(^^♪


 


 


 


Romania - Iosif  Ivanovici - Valurile Dunarii - Danube Waves


 


 


Respighi  ”antiche danze Ⅲ Suite” 3rd mov't   


 


 


J.SAVALL・Hespe'rion ⅩⅩ・ ”Lachrimae Antiquae”・ Dowland  


 


 


  やっぱり、これ(^_-)  Hayley  Westenra  -  Heaven (2003)


 


                                    ※ ユーチューブで聴いてごらん。 ♪


 


じゃ、しばらく・・・


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by mana1563 | 2008-05-26 07:18 | カテゴリなし

ブログって何?

酒場みてーなもんでがすよ。


 


私みてえな呑んべえが、飲み屋に行くよーに、


 


人間が欲しくなるから、ブログに行くんでさあ・・・。


 


みーんな、そうさね・・・。  だべ?    ひっく・・。


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by mana1563 | 2008-05-25 01:46 | カテゴリなし | Comments(33)

ノンフィクション10撰

<私の撰んだ、ノンフィクション 10篇>


 


創作もの(詩、小説等)は、古典に代表されるように、長い時間


(すなわち歴史)という選別の過程を経ているので、その評価は


定まっていますが、ノン・フィクションの分野においては、つい、


最近、出たばかりの作品の中で、思わぬ傑作と出遭ったりします。


 


よって、以下にご紹介する作品は、古典を含めて、私が偶然に、


出遭って、感動したものであるのは、言うまでもありません。


 


リストには入れませんでしたが、私は、職場での若者との別れ


(門出)や結婚のお祝い等には、よく気象学者・倉島厚さんの


(とても癒される。)歳時記ものや高野悦子の「二十歳の原点」


を、送ったりします。


 


1. 「撰集抄」          伝・西行(後世の編集?) 岩波文庫


 


2. 「ビーグル号航海記」   C・ダーゥイン    岩波文庫


 


3. 「ゴッホの手紙」       V・ゴッホ      岩波文庫


 


4. 「英雄伝」                       プルタルコス   岩波文庫


 


5. 「諸国奇人伝」       石川淳       中公文庫  


 


6. 「山びとの記」        宇江敏勝     中公新書


 


7. 「近代人の人間疎外」   パッペンハイム  岩波新書


 


8. 「忘れられた日本人」   宮本常一      岩波文庫


 


9. 「古寺巡礼」         和辻哲郎      岩波文庫


 


10 .「山と渓谷」         田部重治      岩波文庫


 


1.の「撰集抄」については、仏教思想の啓蒙書としては、徹底が足りず、通俗的で


生ぬるいという評価のある、仏教説話風の歌集?で、伝説的な歌人・西行に仮託


していますが、私は、西行をこの本によって知りました。(今は、二つの歌しか憶えて


おりません。(^^ゞ ) 若い頃の私は、この本に随分と傾倒しました。


 


登山家による、紀行文・登山記の類については、他にもたくさんの傑作がありますが、


とりあえず、10を。(中公文庫には、いっぱいあります。)


 


9の「古寺巡礼」は、私にとって、「大和古寺風物詩」(亀井勝一郎)と共に、10代の


後半から20代にかけて、古寺散策におけるバイブルでした。


 


7の「近代人の人間疎外」は、正規・非正規を問わず、非人間的な労働環境で働く、


近代以降の労働者の苦悩の本質を、ずっと以前に見抜き、分析した現代人必読の書です。


 


6の「山びとの記」は、20年程前に、偶然出遭った本です。紀伊山地での山の暮らしが


生き生きと描かれていて、面白く読みました。(イーデス・ハンソンさんは、近くに住んで


おられるんかな?(^^) )


 


 


   今日の一曲  Mary  Hopkin  -  Goodbye


                       「 グッドバイ 」   歌:メリー・ホプキン


 


      ※ ユーチューブで聴いてごらん。  ♪


       ( たまには、可愛い清純なのを。(^^)  れ? 私より年上かな?


        清純なおばあさん、っておるじゃろか? (^^♪  )     


 


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by mana1563 | 2008-05-25 00:23 | カテゴリなし | Comments(4)

私の選んだ十点(小説篇)

最近は、あんまし本を読むつ~事が、なくなって、積ん読


ばかりになったけれど・・・。


 


私が、美青年の頃に、感動した本十点、御紹介しておきます。


 


  < 小説篇 >


 


1.  「 人形 」(随筆) 1962年     小林秀雄   


 


2.  「生まれざりしならば」 1923年   正宗白鳥


 


3.  「紫苑物語」 1957年         石川淳


 


4.  「銀の匙」  1911年         中勘助


 


5.   「スペインの庭師」 1957年    A・J・クローニン 


 


6.  「三つの物語」 1853年      G・フローベール


 


7.    「 水晶 」  1853年         A・シュテフター 


            ※ 私のイチバン好きな作品です。墓場に持って行くつもり。(^_-)


 


8.  「バラバ」 1950年          ラーゲリクヴィスト


 


9.  「片意地娘」 1953年        パウル・ハイゼ


 


10.  「死の家の記録」 1862年     ドストエフスキー


 


ざっと、思いつくままを、十点挙げてみました。


いずれも文庫本で、手に入るかと思います。(「人形」は


僅か数ページの随筆です。)


 


せわしないパソコンの生活から、いっとき離れてみるのも、


いいのでは、と余計なお世話つーわけです。(^^)   


 


  


今日の一曲 Jose Carreras   「 Core  'ngrato 」 (Catari)


       


         邦題: カタリ、 カタリ   歌:ホセ・カレーライス


                


             ※ ユーチューブで聴いてごらん。 ♪


 


 


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by mana1563 | 2008-05-24 14:24 | カテゴリなし | Comments(6)

ぼやけ写真集


ビル飲み飽きて、ちょいと散歩に

 

今はもう夏

誰もいない池 


菖蒲


 




菖蒲その2


 




菖蒲その3


 




あさがお?




 







ハス

 







公園の池

 

全体的に、ぼやけとる・・・。

ここんとこ、ぼやいてばっかしじゃから・・・。

 


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by mana1563 | 2008-05-24 09:00 | カテゴリなし | Comments(13)

「謝罪」について

 三十年くらい前に、読んだ、イギリスの政治学者 H・J・ラスキ


(1893-1950)に、「近代国家における自由」という著作がある。


 


中身は全く忘れてしまったが (はじめから、脳みそに入ってなか


ったのかも知れない。(^_-) )、ただ一つだけ、とても印象に残る


言葉があって、いまだに忘れない。


 


「 法というものは、それを適用される側の、同意があってはじ


めて成立する。」 これが、それだ。


 


社会秩序の維持のために、法を適用する側が、どんなに厳しく


しゃかりきになっても、それを受容する側が、真に主体的に、自


ら、一人の人間として反省していなければ、法の値打ちなどない。


そんな法は、何んの役にも立たない、破れたフェンスに過ぎない。


 


死刑囚が、自らの死刑の判決を、納得して受け容れるのでなけ


ればその判決は、本質的な意味において、無効と同じである。


 


法治国家の秩序維持のための制裁?それはそれで理がある。


だが、その秩序の維持が、およそ正義とは相容れない、いわゆ


る「体制」の維持・延命ではないのか?と疑問を抱くこともまた、


重要である。 (ここのところ後で、追加・・・) 


 


 


・・・・・・・・


 


(途中ですが、ウンチ・・・。)


 


・・・・・・・・


 


↓(続き) 


 


「謝罪」についても同じように考えられる。


 


いくら、「ごめんなさい。」「私が悪うございました、申し訳ありません。」


と、言っても、口先だけの謝罪では、とても真の謝罪とは云えない。


 


謝罪の言葉を口にしながら、腹のなかで、ペロリと舌を出したり、


アカンベーをしているかも知れないし、謝罪行為の、ちょっとの


決まり悪さを我慢しさえすれば、あとはこっちのものだ。と思って


いるやも知れぬ。


 


・・・・・・・・


 


社会的な不祥事の起きた場合、必ずいわゆる「責任の所在」と


いうものが問題になって、メディアをはじめとした「正義」の代弁


者は、やっきになって、それを追求する。


 


個人の場合、「責任の所在」の対象は、もとよりあきらかである


から、次の段階の「責任の取り方(謝罪の仕方)」に、視線は集


中する。


  だが、ここで重要なのは、該当者が、真に反省してるかどう


かで、あって、それは言葉のよる謝罪とは、本質的に異なるも


のである。


 


私は思う。


 


自分の犯した罪に、後ろめたさを感じていればいるほど、謝罪


の言葉など、簡単には出ないものだ、と。


 


確かに、謝罪の言葉を聞けば、相手はそれで、とりあえずは気


持ちを抑えて、いくらかは気が済むかも知れない。


でも、私なら、謝罪の言葉を封印して、相手に憎まれ、軽蔑され


ることを望む。その方が真に謝った気がするのである。


 


誰に対して??  無論、対象者、そして決して誤魔化しようの


ない、おてんとう様、すなわち、自分の良心に対して・・・。


 


・・・・・・・・・


 


ただ、皮肉なことに・・・。


 


近代になってから、明治以降、西洋から人権等の概念が入っ


てきたがために、こうした考え方や、暗黙の了解とでもいうべ


き、日本に昔からあった社会の潤滑剤が、邪魔者、場合によ


っては、むしろ悪いものとして、排斥されるようになったのは、


極めて残念なことである。


 


日本語には、「赦す」という概念が、古来からあったが、この


言葉は、近代以降、「許す」という字に置き換えられてから、


その本来の意味を失っってしまった。


 


犯罪者は、自分の後ろめたさを、おてんとう様に「赦し」を乞う


ことによって、幾らかは救われた。


現代社会は、そんなことには一切、考慮も関知さえもしない。


ただ、欧米の法制度を機械的に適用して、その罪を裁く。


(大岡裁きなんて、とっくに夢物語である。)


 


ここで、最初のラスキの言葉に戻るが、法の適用を受ける側が


それに同意してこそ、はじめてそこで、贖罪・謝罪が成立するの


である。犯罪者の同意=後悔がなければ、謝罪もありえない。


 


現代の法は、そこの過程=人間性の揺らぎ、とでも言うべき大


切な過程を、奪ってしまった。


 


・・・・・・・


 


  今日の一曲  「 Heaven 」(2003)  Hayley  Westenra 


.


 


                ※ 気に入っちゃった。 ♪


 


 


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by mana1563 | 2008-05-23 13:39 | カテゴリなし | Comments(9)