介護福祉士の資格を得るためには、これまでは2年間の養成学校を出るか、3年の
実務経験を経たのち国家試験を受験して合格することとなっていた。
で、資格取得者の大半は後者であった。ところが新たな法改正で国家試験の受験
資格に実務経験の他にさらに450時間の研修が義務付けられることになったとか。
案の定、その時間的金銭的な重い負担が敬遠されて法改正後の介護士受験者の数
は半減した。
受験者の多くはパートタイムで働く主婦や母子家庭の主であって、1時間の研修
時間さえ捻出するのに苦労するのに、なんと450時間 ! ときた。
人手不足を解消するとしてインドネシアやフィリピンから介護士希望者を来日さ
せ、日本人でさえ解読不能な難解な漢字の専門擁護を使った試験を受験させて多
くの在日希望の外国人を挫折させた(今もそのまんま!)やり方を少しも反省し
ない。
その一方で、介護士不足だの何だのと喚いている。アホか。
こうした施策を決めたお上の連中は、「資格を得るためには机上の勉強こそが不
可欠なのだ。自分はかって上級公務員試験や法曹資格を得る為にどれだけ勉強し
たか。お前達もやれ。」つー、固定観念に凝り固まっているので、こんな非常識
な受験資格や受験方法を考えつくのだ。
机上で幾ら講義を聞いても参考書を読んで徹夜で勉強しても、大工にも運転手に
も介護士にも音楽の演奏家にも料理人にもなれはしないのだ。
(公務員や弁護士にはなれるだろうが。
)
社会においては、どんな仕事、職業でもオツムより先に体が動くように訓練さ
れることこそが、何より重要なことであって、それには日常的な実践の場で教
えられ鍛えられるより他の方法はない。
この介護士資格に限らず、あらゆる資格・免許についてその資格を得たのちも、
数年おきに研修とか講習制度なんつーのがよくあるが、エンジニアや医者なら
いざ知らず、一般の資格免許で大きな時間や費用を代償にして得られるほどの
ものはほとんどない。(大半は、その資格・免許を発給した当局の部門の担当
の天下りがテキストを読み上げるだけのもので、眠くなるような講習ばかり。)
とりわけ学校の教師に対しての研修なんてギャグもエエところである。
日本の場合、必要性のない何だかわけのわからん制度がお金を搾取する為に作
られる。(2年おきの車検制度なんつーのもそうだ。)金が回って、こんなの
も全てGDPに換算される。日本のGDPが世界第3位つったって、その実はバブ
ルみたいなものだ。
バイク(自動二輪)の運転免許取得制度などもしかり。それぞれの排気量に応
じて免許が定められている。こんな国はほかにあるまい。バイクなぞ一度取れ
ばそれでエエではないか。こうした例を挙げていけばふんとにキリがない。
何が規制緩和だ。
さほど裕福でない国民からなけなしの金と時間をむしり取る。カネ自体は「動
く」のでGDPの数字は増える。経済大国日本の実態はそーゆーことなのだ。
まあ、安全を考えれば、車検制度くらいは大目にみてやろう。
だが、少なくとも国民の「努力」に対して当局はそのなけなしの金を搾り取る
べきではない。限りのある国民一人一人の人生の「時間」もだ。